トンチング・ハイ

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2005年 05月 10日

まったりしてるばあいじゃない

『友情』西部邁著(新潮社)を買った。タイトルと帯の文言を読んでハードな「スタンドバイミー」みたいなノリを期待してしまって思わず衝動買いしてしまった。今ちょうど半分読み終わったとこだけど、自分の直感を裏切らない内容でニンマリ。男同士の友情モノに弱いんです。憧憬にちかいもんがある。かくいう僕も男なんだけど。

自分のことを「ヤクザ」だとか「アウトロー」と評する知識人ほど、ワルに振る舞う自分に陶酔してるだけの「坊ちゃん」だったりしがちなんですが、この本を読む限り、西部邁ってほんとに「ヤクザ」で「アウトロー」な人なんだなあと思いました。

西部邁については、宮台真司をはじめとするいわゆる「リベラルな若手」と呼ばれているような人たちから石頭とバカにされてる保守のジイさんぐらいの認識しかなかったけど、こんな凄まじい実存をつきつけられるとなんかすごい圧倒される。「まったり」してる場合じゃないよ。

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『友情』西部邁 著(新潮社)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103675047/249-1272221-9299556
君が、自分の友を誇りに思えるように。言い残し、友は自裁し果てた。あの友と私が刃むかい生きた「時代」を深々と考えぬく自伝的長編評論。

北辺の地に生い立ち、行動面での八九三の世界に入った友と、思想面での八九三の端くれとなった私。二人の交友が四十五年にも及んだ秋、友は憤怒と絶望の余り自ら命を裁つ。誇りとともに、厖大な手記を私に託して……。BC級戦争犯罪の廉で処刑された朝鮮人の父と、家族のため苦界に身を沈めた母との間に生れ、半日本人奴(チョッパリ)と呼ばれた男。私が出会った数多くの人物の中でも最も感動に値する男。その友と私が、愁い顔の騎士(ドンキホーテ)よろしく刃むかい通して生きてきた「時代」——敗戦期からバブルの破裂以後に至るまで——を思い出し感じとり、深々と考えぬく自伝的長編評論。
 —本の帯より
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# by tonching-high | 2005-05-10 02:25 | book
2005年 05月 05日

ヒノキデビュー?

今日でスクーリングも終わり、明日からの3連休をゆっくり過ごす予定。夜、沖縄旅行にいった友達からお土産が届いてうれしかった。のりの佃煮とラフティ。明日の晩飯にでもしようかな。それにしても最近半袖でもいいくらい天気がよくて気持ちいい。が、北海道から帰ってきて花粉症みたいな症状がわずかながらにまだ続いてるのはなんでだろ。もしかしてヒノキ花粉デビューしちゃったとか。今までの20年に亘る花粉症人生でGWに発症するってありえなかったのに…。なんかいやな予感。

それとものすごい久しぶりにフォトメ見たんですけど、荒野がそこにひろがっていました…。

disorder / polysics
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# by tonching-high | 2005-05-05 23:49 | diary
2005年 05月 05日

道徳教育ってナニよ?

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『メノン』っつう本を読んで、道徳教育について思ったことを書いてみた。難しいよね道徳教育は…。論文調ですいません。レポートで使ったやつを流用してチョロチョロっと変えたものなので。せっかくなのでのせてみた。よかったらみなさんの意見もちょうだいできればとおもってまっす。

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『メノン』において、ソクラテスは徳を有益でありながら知識ではなく、生まれつきのものでなければ、教えられることのできるものと捉え、その本質を知るためには「徳それ自体はそもそも何であるか」という問いかけから始めなければならないと述べている。その一方で、メノンは徳を教えられるものとして捉え、「美しいものを欲求してこれを獲得する能力」であると述べている。この、ソクラテスとメノンの相反する道徳観は最後まで交わることはなかった。しかし、両者による徳の本質を巡る対話が今日の道徳的問題を考える上で、多くの示唆に富んでいる。

我々がすぐに思い浮かぶ道徳教育は「人にやさしくしましょう」「差別をしてはいけません」「人間はみな平等です」といった箇条書きになったスローガンを学ぶものである。そのような意味で、今日の道徳教育はメノンの道徳観と同じ立場に立脚しているものだ。ここで、これらのスローガンを道徳であると仮定するならば、道徳とは時代や社会によって変化するものであり、絶対的な普遍性を持つものではない。そして、善悪の二元論に基づいたものであると言える。しかし、対極の価値観を擁する二元論は何らかの力でいつでも簡単に反転する性質を持っていることを忘れてはならない。例えば、みんなにやさしいことは誰にもやさしくないことであるし(普段の対人関係において言えること)、反差別が行き過ぎれば逆差別になり(“弱者”による逆差別)、平等主義が行き過ぎれば不平等になる(崩壊した社会主義国)ことからも明らかである。いつの時代もスローガンは、大義のもとに都合良くねじ曲げられ政治的に使われてきたのは過去の歴史を振り返ればわかること。『メノン』の文中でも、「どんな行為でも徳の部分をともないさえすれば、それが徳であるなどと主張する」メノンの独善性をソクラテスは非難しているが、このメノンの姿は今日の国際社会におけるアメリカの姿とだぶる。「正義」の名の下に兵士にマインドコントロールを施し「正常」な人間を、爆撃機のボタン一つで「悪の枢軸」に住む数多くの人間たちを速やかに殺める殺人マシンに変えるアメリカ。しかし、このメノンの独善性は何もアメリカだけに限らず、教典を絶対的に善なるものと信じている原理主義者のテロリスト(イスラム過激派や地下鉄サリン事件を引き起こしたオウム信者たちなどが挙げられる)にも通ずることでもある。

では、彼/彼女らに、人を殺すという越えてはならない一線を越えさせたものは何か。それは「他者=物体」という認識である。殺す相手を人間ではなく、感情を持たない単なる物体として見れば、殺すことも単なる処理になる。このような人を殺すことのリアリティのなさは、近年の少年犯罪にも見られている。例えば、去年起きた佐世保女児殺害事件にしても加害者である女児が被害者を殺害する時、感情的な表出は全くなかったという。そして女児は精神鑑定の結果、「正常」と診断された。

このように考えると、善悪の二元論に立ったスローガンを教える現代の道徳教育は、今我々が本当に必要としているものではないことは明らかであり、自分自身を含め「正常」とされている人間の道徳観や良心が思いのほか脆いものであると思い知らされる。そこで我々にとって必要なことは、「正常さ」の中には「邪悪さ」があらかじめ組み込まれている人間観に立って、「邪悪さ」を制御していく術を教える方向での道徳教育を考えていくことではないだろうか。

「人を殺してはいけません」という当たり前すぎるスローガンをただ教えても、子供は心の中で「そんな当たり前のこと、いまさら言われてもさー」という反応しかしないことは、自分の幼少時代を振り返れば容易に想像できることだ。数年前に「どうして人を殺していけないか?」という質問を一人の高校生がテレビ番組で投げかけ、大きな波紋を広げたことは、いまだ記憶にあたらしい。マスメディアではそのような質問をした高校生の「道徳観」の欠如を憂うむきもあったが、僕にとって彼の問いかけはスローガン=道徳という認識に立脚した道徳教育の欺瞞と、道徳の授業で「当たり前のきれいごと」しか言わない思考停止した教師に対する強い不信感と苛立ちのあらわれに思え、何となく彼の質問した気持ちに共感するところがあった。

こうなると、もはや道徳とは幻想にすぎないのかもしれない。いや、おそらく幻想であろう。もし言語化したとしても、本質(イデア)に到達することはできず、自分たちが目にするのはそのイデアの影にしかすぎないのだから。しかし、ソクラテスはこの絶望的な現実に一つの希望を与える答えを用意してくれた。その答えとは「正しい思わく」である。「有益なものでありながら知識ではない」とするそれを、僕は「他者への想像力」と受け止めた。世の中の問題は大なり小なり、すべて想像力の欠如から起きている。今、道徳教育に必要なのは、「他者への想像力」を育むことであり、道徳という言葉を冠した「道徳教育」という名前自体もそろそろ変えた方がいいということを『メノン』は教えてくれる。

マリリンモンロー ノーリターン / 野坂昭如
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# by tonching-high | 2005-05-05 00:06 | book
2005年 05月 03日

キャパ

今日もスクーリング。ちなみにスクーリングとは、教員免許取得のための単位を授業に出席して取得することです。レポート出して試験受けるより効率よく単位がとれるのです。今日から始まった春期スクーリングは5日まで。その後、9日からは夜間スクーリングで、仕事後に学校に通って2ヶ月かけて4科目取得する予定。ここんとこにわかに忙しくなってきて大変っていえば大変だけど、編集してた頃の忙しさに比べると、この程度の忙しさは屁のようなものなので余裕。こういうときに、ばかみたいに忙しい仕事をした経験があってよかったと思う。キャパってギリギリの状態に追いつめられないと広がらないものだとおもうので、そういう意味では今までしていた編集の仕事は間違いなく自分の役に立っているのかなあ。

それと今テレビ見てたんだけどJR西日本、列車が激突したマンションの住人に温泉旅行券をプレゼントすると申し出たらしい。そして脱線した列車にのっていた乗務員2人が事故直後、被害者の救助作業に加わることなく事故現場から離れて、ふつーにいつも通り業務に携わってたらしい。狂ってる。

バージンブルース / 野坂昭如
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# by tonching-high | 2005-05-03 23:38 | diary
2005年 04月 27日

北海道へ行ってきます。

明日からスクーリングのために北海道へいってきます。初の北海道です! 初の! 北海道のスクーリングが終わったらすぐに学校の授業が始まるから、ゆっくり観光できないんですけどね。スケジュールの都合上、札幌以外は行けないんですが楽しんできます。時計台とかそういう名所よりも、食べ物に興味津々。市場でうまいものを試食しまくってこようかなと。今の季節は毛ガニがウマいとのこと。

5/2に東京に戻ってきます。みなさん楽しいゴールデンウィークを。

札幌ブルース / 青江美奈(もうその気)
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# by tonching-high | 2005-04-27 20:23 | diary
2005年 04月 26日

CHOUDAI

イベントで、はしゃぎすぎて吹っ飛ばした挙げ句踏んづけたセルフレームのメガネにとうとうガタがきたのか、ツルの部分がとれてしまったので修理に出した。

仕事の後、ボサノバのレッスンでお茶の水にきている瀬尾くんとエチオピア(お茶の水のカレーの名店)のカレーを食べた。ここのカレーはスパイス(特にクローブ)がキいていて、サラっとしたスープが特徴。ドロっとしたルウのカレーとは別次元のさわやかさが旨すぎ。僕は体調を崩すと、エチオピアのカレーを食いにいきます。下手な薬よりもよくキくので重宝してる。

カレーを食った後、Tシャツ屋に行ったんだけど、ネコが横に並んで「CHOUDAI」っていうロゴがプリントされた薄い黄色のTシャツに一目惚れして金もないのに衝動買い。ネコがマグカップとスプーン持って「CHOUDAI」っておねだり。文句なしにキャワイイ。(写真参照)

おねだりするネコ…。ダブルミーニングですね。

Whatever / Oasis

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# by tonching-high | 2005-04-26 21:57 | diary
2005年 04月 25日

我が名はグルーヴィー

ハナレグミの「男の子と女の子」を友達と一緒に聴いてたら、そいつがサビのところで突如「っせーーーんだよ!!」と絶叫したので何かあったのかなあと思っていつもよりやさしく接してあげました。

僕は中学の頃Groovyっていう言葉の意味がわかんなくて英和辞書で調べたことがあるのですが、【Groove(名詞)溝】としか書いてなくて、全く意味がわかりませんでした。でも、日常生活で使ってみると友達と差をつけてるみたいでかっこいいんじゃないかと思って、Groovyな音楽っていうのは「溝っぽい」音楽なんだと無理矢理理解して会話で使っていたのを思い出しました。音楽の授業で先生にパッヘルベル(こんな名前で合ってたっけ?)のカノンの感想を書きなさいと言われたときも「Groovyだと思います」と書いたりした。ほんと血塗られた過去。そして大人になった今、あの頃よりもGroovyっていう言葉の意味はなんとなくわかったような気がするけど正直わからない。でも一つだけ言えることは「このトラック、Groovyだよね〜」とかぬかすやつと友達にならないほうがいいということです。「ゴキゲンなナンバー」っていうフレーズと同じぐらいぞくぞくします。まあ今時いねえかそんなやつは。

我が名はグルーヴィー / Pizzicato Five
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# by tonching-high | 2005-04-25 23:37 | diary
2005年 04月 24日

ケイティ

動画ファイルナビゲーターより。3歳児のブログ。

http://d.hatena.ne.jp/KATIE/

What's going on / Marvin Gaye
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# by tonching-high | 2005-04-24 22:29 | diary
2005年 04月 23日

ハナレグミ@日比谷野音

昼過ぎ、天気がいいので日比谷公園を散歩。ちょうどハナレグミの野外ライブをやっていたので柵の外でライブをずっと聴いていた。(チケットSOLDOUT!!)ゲストにビッケ(「ナタリー」という曲でポエトリーリーディング)、竹中直人(「サヨナラCOLOR」を熱唱)。カバーが多かった。「銀杏並木のセレナーデ」「いかれたBABY」「男の子と女の子」「DOWNTOWN」「ありふれた言葉」などなど。「男の子と女の子」でおもいきりグっときてしまって戸惑った。風が木の葉をざわめかせる音とか、時折聞こえるカラスの鳴き声が歌声と混ざって聞こえて、野外はやっぱりいいなあと思った。ハナレグミの歌を聴くといつも無性に歌を歌いたくなる。あまり気に入ってない自分の声だけど、すごくいとおしく感じる。ほんとにすごいよ、マジックだ。

追記:高田連(渡の息子)も参加。

男の子と女の子 / ハナレグミ
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# by tonching-high | 2005-04-23 22:44 | diary
2005年 04月 22日

小宇宙を燃やすことにしました

去年、仕事をしながら結構余裕かまして通信の勉強をしていたら、今年一気に教員免許のための単位をとらないとやばいということに今更ながら改めて気づいた。ていうか、気づいてたけど、目をそむけてた。(終わってる)特にここ2週間で片付けないといけないレポートの数がきづいたらすごいことに…。やばいよ。相当やばい。自分の頭なでながら、「とっちはやればできるこなんだからしっかりやんなさいよ」って自分にいいきかせて小宇宙を燃やしてがんばる。まあ、どうにかなる。どうにかするし。

red alert / basement jaxx (緊急事態感を演出)
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# by tonching-high | 2005-04-22 21:06